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天知る、地知る、我知る、人知る

 みなさん。こんにちは。

 「死ぬほど長い…」といわれている4月が終わり、新緑が目に眩しい5月がやってきました。

 私事で恐縮しますが、4月29日(祝日)は、一宮町では「クリーンキャンペーン」の日でした。

 先ず、隣保総出で消火栓の取り扱い訓練、それが終わると道路沿いのゴミ拾い、それが終わると田植えに備えての溝掃除、それが終わると4カ所ある田んぼの畦の草刈り、仕上げはゴールデンウィークに帰省する親戚や子どものための精米作業…と目の回るような多用さでした。

 おかげで今も身体の節々が痛く、自分の年齢を嫌と言うほど思い知らされている今日この頃です。

 

 さて、「天知る、地知る、我知る、子知る」という言葉を知っておられる方も多いと思います。これは、中国後漢の学者であり役人でもあった楊震(ようしん)に由来する有名な話です。かいつまんで言えば以下のような故事から来た箴言だと言われています。

 

 楊震が地方に赴任する途中、かつて彼に推挙されて役職についた王密という役人が夜中に黄金を持って訪ねてきました。王密は「いつもお世話になっております。また、これからも大変お世話になります。これはほんの些細な贈り物…。どうぞお受け取りください。幸い今は真夜中ですから、誰も知るものはおりません。」と言って黄金を楊震に渡そうとしました。しかし、楊震はきっぱりと断り、こう答えたということです。

 「あなたは誰も知らないと言うが、天も知っている、この地面も知っている、そして私も知っている、もちろん、あなた自身も知っているではないか。どうして『誰も知らない』などと言えるのか。」

 この言葉に王密は恥じ入り、引き下がったといいます。この出来事は「四知の故事」と呼ばれ、後世に清廉潔白の象徴として広く伝えられることになったということです。

 この言葉は現代に生きる私たちにも大切なことを教えてくれます。

 

天地の視線
 「天知る」「地知る」は、天地そのものが人の行いを見通しているという考えを表しています。「天の網は大きくても決して漏らさない」=『天網恢々祖にして漏らさず』(老子)という言葉と似ていて、どんな悪事も必ず天地に知られるという感覚が「天知る」「地知る」です。

内なる良心
 「我知る」「子知る」は、自分と相手がその事実を知っていることを示します。たとえ外からは隠せても、悪事は自分のこころや相手の記憶には必ず残ります。つまり「自分の良心はごまかせない」ということです。

 

 私自身も日々の生活の中で「これくらいならごまかしても良いか。」「人が見ていないのだから少しぐらいサボっても良いか…。」と弱い自分に負けてしまうことが多々ある人間です。

 もう一度、この言葉の意味を噛み締めて自分を律するとともに、機会があればこの言葉の意味、特に「我知る」の重要さを子どもたちに伝えていきたいと思っています。

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